スタンダードと、モノの価値を問い直す モコメシ/小沢朋子(フードデザイナー)

TEXT BY YU MIYAKOSHI EDIT BY ARINA TSUKADA PHOTO BY TAKESHI SHINTO

TEXT BY YU MIYAKOSHI
EDIT BY ARINA TSUKADA
PHOTO BY TAKESHI SHINTO

食べることのはじまりから終わりまで、そのすべてを楽しく美しく、すとんと“腑に落ちるもの”であるようにしたい——。ケータリングや料理のスタイリング、メニュー開発などを行うフードデザイナーの小沢朋子さんのコンセプトは「食べるシチュエーションをデザインする」こと。東京都台東区にあるアトリエを訪ね、小沢さんのフードデザインの哲学に迫りました。

科学、デザイン、料理がひとつになるフードデザイン

小沢さんのアトリエは、下町の小さなビルの1階にあります。白い空間に業務用の冷蔵庫とガス台と、大きな木のテーブルがひとつ。窓際の棚には、使いこまれた道具や器がずらっと並んでいます。素っ気ないぐらいにシンプルだけど、まんなかに人やアイデアが集まり、仕事を広げられる、非常に機能的な空間です。

「母が料理好きで、お客さんに料理をふるまっているのを見て育ったんです。そのせいか大学時代に友人たちを招いて料理をつくっているうちにイベントやパーティの料理を頼まれるようになり、そのままいまの仕事につながっていきました。」

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そんな小沢さんのバックグラウンドは、なんと化学と工業デザイン。早稲田大学理工学部で応用化学を学んだ後、千葉大学大学院へ進学。工業系デザインを学んだ後に、インテリアデザイナーとして剣持デザイン研究所に勤めていました。2010年にフードデザイナー「モコメシ」として独立してから、その多様なキャリアを活かし、料理から空間づくりまでをトータルでデザインしています。

「理系出身で料理の仕事をしているというと驚かれるのですが、わたしの中では化学もデザインも料理も、すべてつながっています。」

そう語る小沢さんですが、たしかに味や香り、食感などといったさまざまな要素と向き合う料理は、食材を化学変化させ、デザインすることと同義。隅々まで機能美を追求したモコメシワールドは、こうした背景から生まれているのです。

究極の機能美「VISION GLASS」との出会い

いま小沢さんが熱心に取り組んでいることのひとつに、インドの理化学ガラスメーカー、BOROSIL(ボロシル)社の「VISION GLASS(ビジョングラス)」の輸入と販売とブランディングがあります。

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このグラスは、実験用のビーカーやフラスコを製造するBOROSIL社が30年ほど前に一般の消費者に向けて開発したもの。小沢さんは新婚旅行のインドで、このグラスと出合い、ひと目で気に入ったと言います。寸胴で何の飾りもない、極めてシンプルなグラス、小沢さんはどこに着目したのでしょうか。

「インド最北部の町のカフェで、頼んだジュースがこのグラスに入って運ばれてきたんです。それを見た瞬間、『インドの片田舎にこんなにかっこいいグラスがあるなんて!』と驚いたんです。何がいいって、ほとんどコップ然としていないんですよね。実験器具をちょっと変えただけのシンプルなかたちが、機能性を主張しすぎるでもなく、日常に溶け込んだムダのないところに惚れたんだと思います。それからマーケットで実際に買ってみたところ、日本に帰ってきたら本当に使い勝手が良くて。これなら一生使っても飽きないと確信しました。」

それから2年後の2013年、小沢さんと夫の國府田さんはVISION GLASSの輸入販売をはじめます。

VISION GLASSの大きな特徴は、耐熱ガラス製であること。オーブン料理はもちろん、おこわを炊いたり、直火にかけたりすることもできます。料理をしていても、食卓に置いても、素材がそのままそこに存在しているかのよう。

「『定番』というのは、つくろうと思ってできるものではなく、使い続けているうちに自然とそうなっていくんだと思うんです。VISION GLASSは、実験器具メーカーの技術の応用から生まれたもので、彼らにスタンダードをつくろうというコンセプトがあったわけではないんですよね。それが結果的に単純なかたちを生み出し、何にでも使い分けられるグラスになっている。その無理のなさがすごくいいなあと思ったんです。」

基本的な機能や構造を備え、フレキシブルに応用できる。その自由さは、小沢さんの料理やデザインの仕事にも通じるところがありそうです。例えば最新刊『モコメシ おもてなしのふだんごはん』は、ひとつのレシピを自在に変化させるアイデアを盛り込んだ本。

超短焦点プロジェクターで、旅の写真をテーブルに投影。

超短焦点プロジェクターで、旅の写真をテーブルに投影。

「余ったサラダを刻んでお肉のソースにしたり、煮物をフードプロセッサーにかけてポタージュにしたり。料理って、本当に簡単にアレンジできるんです。この本を手に取ってくれた方にとっても、わたしのレシピはあくまできっかけであればいい。『レシピ通りにつくらなくてもいいんだ』と思ってほしいですね。」

型にはまらなくてもいい。自分の好きなようにアレンジしてもいい。だからこそ、そこに新しい発想や想像する自由が生まれる。小沢さんの仕事からは、そんな豊かさや想像する楽しさが伝わってきます。

モノの価値を問い直す「VISION GLASS NO PROBLEM」

目下、小沢さんが取り組んでいるのは、VISION GLASSの新プロジェクト「VISION GLASS NO PROBLEM」。これは、表面に傷が入っていたり、ロゴの誤植があったりしたために市場に出せなかった、いわゆる「B品」をあえて定価で販売し、モノの価値について考え直す活動だといいます。
 
「VISION GLASSの輸入をはじめて4年が過ぎましたが、一番の悩みが品質保持なんです。初めて入荷した年は、半分以上のグラスがB品でした。これでは商売にならないと、メーカーのBOROSIL社に品質改善を依頼し、彼らも努力してくれたおかげでB品率は2~3割までになりました。しかし、そこが頭打ちで、B品率は一向に下がらない。何度も懇願したところ、BOROSIL社からは『わたしたちは“使えるもの”を出荷している』と言われて、ハッとしたんです。『確かに、これでも使える』って。わたしたちが不良品と思っているものはわたしたちの価値観でしかないことに気付かされました。」

インドでは普通に売られ、使われているものが、日本に持ち込まれた途端に「傷もの」になり「B品」のラベルを貼られてしまう。それは製品自体の問題ではなく、受け手の価値観の違いで起こっている問題なのではないだろうか?

小沢さんはその価値観の差に興味をひかれたといいます。その時に思いついたのが、「B品」としてはねたものの、ずっと捨てられず倉庫に保管しておいた使用上問題のないグラスを、思いきって定価販売するというアイデアでした。

「メーカーがここまで努力をしてB品率を下げてきてくれたんだから、わたしたちも日本の人たちに理解を広げる努力をするべきなんじゃないかと思って。製造工程や現場の状況を公開しながら、B品を『NO PROBLEM品』として売るプロジェクトをはじめたんです。」

実際に「NO PROBLEM品」を売り始めると意外にも賛同者が多く、正規品と「VISION GLASS NO PROBLEM」を並べて売っている店では、NO PROBLEMの方が売れ行きがいいこともあるそうです。お客さんたちは、ユニークな誤植や傷のあるグラスを見つけることを楽しんでいるよう。

「市場に出せなかった商品をどう扱うかという問題は、VISION GLASSに限ったことではなく、ものをつくる人、卸す人、売る人、買う人、すべてに関わる問題だと思います。」

そう語る小沢さんは、現在他のメーカーへの取材を重ね、この問題に焦点をあてた展覧会を企画しているそうです。

「日本人のクオリティに対する審美眼は非常に鋭く、それが日本の精緻なものづくりを支えていると同時に、失ってはならない大切な感覚であると思っています。しかし、未来のことを考えたら、多様な価値観をもつ海外の人たちに日本の基準を一方的に押しつけていくだけでは、サスティナブルではないとも思うんです。このプロジェクトを通して、自分とは違う価値観に背をむけるのではなく、向き合って思考し続けるきっかけを作りたいですね。そして、行き場を失っている製品も『NO PROBLEM』な生活道具なんだと思って下さる方が、一人でも増えるといいなと思っています。」


小沢朋子(おざわ・ともこ)/モコメシ
1981年仙台生まれ、東京育ち。早稲田大学応用化学科卒業、千葉大学大学院自然科学研究科デザイン専攻修了。剣持デザイン研究所を経て2010年にフードデザイナー「モコメシ」として独立。レセプションやイベントへのケータリング、飲食店のメニュー開発、各種メディアへのレシピ提供、執筆などを手がける。2013年6月にVISION GLASS JPを立ち上げ、同代表を務める。著書に『大人もサンドイッチ』グラフィック社、『モコメシ おもてなしのふだんごはん』主婦と生活社など。
http://www.mocomeshi.org/

NO PROBLEM展
ひとつのグラスから、インドと日本の異なる価値観に向き合い思考し続けるプロジェクト。
書籍製作に向けた取材報告の展覧会を行います。
  
期間:2017年6月16日(金)~7月17日(月)
会場:GOOD DESIGN MARUNOUCHI
http://www.visionglass.jp/