すべての人に、プライベート美術館を。

西新宿5丁目駅から、長い遊歩道を5〜6分程度歩いたところに、白いレンガに緑のフレームが際立つ可愛らしい建物がみえてきます。

白い看板には「はたらける美術館」。

ここは、その名の通り日本にひとつだけの「働ける美術館」です。

もちろんノートPCを持ち込んでの仕事や会議だけでなく、ひとりでじっくりアイデア出しや、読書に没頭することもできます。時には女子会や、映画鑑賞会なんかも開かれるのだとか。

ここまで聞くと、コワーキングスペースやパーティスペースと何がちがうの?と思うでしょう。

決定的な違いは「そこは美術館である」ということ。コワーキングスペースにアートが飾ってあるのではなく、美術館の中で「自分の好きな過ごし方」ができるのです。

ドアを開けると、まず出迎えてくれるのは、ふわっとした爽やかなヒノキの香り。アーチ状の檜のオブジェをくぐり、通路に敷き詰められた玉砂利を踏みしめながら、歩きます。

ヒノキの香りは、記憶力や集中力を高めてくれるという効果があるのだそう。リラクゼーション効果のあるお香も加わった香りのトンネルを抜けると、こぢんまりとした和室があります。

障子を開けると、ぐるりと壁に掛けられた絵画の静かな迫力に、思わずハッと息を呑みます。

「うっかり、異空間に踏み込んじゃった」という感覚。

アートの前で素になったことってありますか。

“Get Out of the Box”を合言葉に、枠から飛び出す突き抜けたビジネスを創り出すことをミッションとするGOB代表の櫻井さんは「アートに触れる機会って、一般的に日本ではおそろしく少ないんじゃないかと思うんです。」と話します。

確かに、美術館やギャラリーでのアート鑑賞は敷居が高く、特に学生や若い人(アート・デザイン系の方以外は)には馴染みが少ないかもしれません。

また、行ったとしてもその厳粛な雰囲気にのまれて「よそ行きの顔」で見てしまっている気がします。目からウロコの素晴らしい作品に出会ったとしても、その場でひざまずいたり、大笑いしたり、泣き崩れたり、は……なかなか出来ません。

そこまでしなくても例えば私(筆者)は、アートの前でつい友人と話したくなってしまうので、地声が大きいせいもあってか、よく監視員の方に注意されます。

リアクションをとりたくても、監視員や学芸員の方、他のお客さんの視線が気になって、ちょっと遠慮しちゃうのが普通ではないでしょうか。

そんな緊張感のある空間の中では「……うん、なるほどね。」みたいな無言のしたり顔で、アートと向き合っている自分を予定調和に演じているんじゃないか?とすら、思うこともあります。

ところが、この場所では、目からウロコ出し放題。作品の前で泣き崩れ放題。何だったら踊りだしてもいいんです。

多少、受付の方に心配されるかもしれないけれど、どんな過ごし方をしても自由。だって、ここは「プライベート美術館」なのだから。

櫻井さん「ここは素になれる、空間なんです。」

そういえば、アートの前で「素」になったこと、今までなかったような気がします。

利用者の中には、白砂利を足で踏み踏みしながら、絵画と向き合っている方もいるんだとか。目からの刺激と、足裏からの刺激。確かに今までになったことのない、新しい気持ちになれそうです。

良いアイデア、湧いてきそうじゃないですか。

アートと静けさで、右脳が活性化する。

とても静かで、人の話す声がよく通る空間。日本の音(鳥の声や、水の流れる音など)を編集したBGMを薄く流す時もあるそうですが、基本的には無音です。

「図書館のような静けさではなく、禅的な静けさ。(身体の)内側に静けさを入れることで、利用者の皆さんにクリエイティビティを発揮してもらいたいんです。」と、櫻井さん。

アートを観ることで右脳を活性化し、普段出ないようなクリエイティブなアイデアを出せる環境をコントロールして作っているそうです。

主な客層は、会社帰りにここに寄って、さらに仕事の続きをしたり、ミーティングや商談で利用する30代〜40代のビジネスマン。そのほか、女性同士でフォトブック制作に没頭するグループや、「子どもを連れて、なかなか美術館に行けないので」という小さなお子様連れのお母さんの利用もあるそうです。

作品それぞれのプライスカードをチェックすることも出来るので、購入につながるケースもあるんだとか。「絵を買う行為」は、前述の「絵を観る行為」よりもさらにハードルが高いと思われがちですが、この空間では、こころは常にネイキッド。よりアートが真に迫って身近に感じられるのではないでしょうか。

最近は、利用者だけでなく、作家の方からのアプローチもあるそうです。

オーダーメイドのようなフィット感。

ふと足元を見ると、ポータブル超短焦点プロジェクターが、玉砂利から生えているかのような自然な佇まいで壁面に光を投げています。

オーダーメイドのようなフィット感は、まるで、この白い空間の為に作られたのかと思ってしまうほど。

「創造力をかきたてられるプロジェクターなんですよね。利用者の方々の声を聞いていると、このプロジェクターの話題ですごく盛り上がっている時間が結構、長いですね(笑)。」と、オーナーの東里さん。

利用者の方々は、部屋に入ったらまず最初に「プロジェクターはどこにあるんだ?」という疑問からスタート。あまりのコンパクトさに、それが一見してプロジェクターだと気が付かないそうです。

その後「こんなに短い距離で投影できるの?」「音も出る!」「欲しい!」という驚きと感嘆の声に代わるんだそう。みなさん、アートの力で素になっているので、リアクションも率直なのでしょうか。

「急な『プロジェクターを借りたい』というリクエストにも、すぐ対応できる身軽さがありがたいです。ケーブルがないので、独立してそこに置ける魅力はデザイン的にも大きいですね。一般的なプロジェクターを出す行為、ってガチャガチャしがちで、この空間の静けさを乱しがちなので。」と、東里さん。

現在は、会議室利用の時に設置されるポータブル超短焦点プロジェクターですが、映画鑑賞会など、みんなで映像を共有して楽しみたい時にも使えます。今後は映像作品の投影など、アート鑑賞にも幅広く活躍してくれそうです。

五感に訴える空間、増殖していきます。

アートは提携している銀座の至峰堂画廊をはじめとした、幾つかのギャラリーからのリース作品が50点近くあり、今後も増えていく予定だそうです。

Webサイトで「アート一覧」を事前にチェックし「好きな作品」を1点選んでおくと、利用時に壁にかけておいてもらえます。

シチュエーションや利用するメンバーによって、アートを変えてみたり、馴染みのアートと1対1で語り合ったり……アートとの新しい付き合い方が発見できそうです。

また、香りも「リラックス」と「刺激」と2種類あり、過ごし方に合わせて選ぶことが出来るという嬉しいサービスも。至れりつくせり、まるで、隠れ家スパのようです。

「五感に訴えて、利用者のクリエイティビティを高めたいんです。」

東里さんが仰るとおり、視覚にはアート、聴覚には和のオリジナルBGM、触覚には砂利の触感、嗅覚にはヒノキとお香をミックスした香り……

あれ?味覚は……?

味覚もちゃんとありました。なんと、東里さんのお母様の手作りクッキーです。

 

美術館らしくフレーム状になっているので、中に名刺をいれてみたり、顔のパーツをアートに見立てたり、食べる前にいろんな楽しみ方が出来そうです。

今後はアートのキュレーションをしたり、もう少し広いスペースで、さらにフレキシブルな使い方ができる2店舗目、3店舗目も計画しているそうです。

あなたの街に「はたらける美術館」がやって来る日も、そう遠くないかもしれません。あなたも一度、アートの前で「素」になってみませんか。

 

(TEXT BY SATOKO HIRANO)

(PHOTO BY AYUMI YAGI)


はたらける美術館

【所在地】

〒151-0071 東京都渋谷区本町4丁目41−13

【電話】

03-6276-1715

【開館時間 】
平日(月・水・木・金):10:00-20:00
土日・祝日:10:00-20:00
休館日:火曜日

http://art-housee.com/yoyogi/