「線を引く」視点が生み出す心理空間。

クリエイターを迎え、大切にしている視点や現場で使用しているツールなどから、新しい空間観察方法を一緒に考えるイベント『空間観察学』。

ノガミカツキさんの回に引き続き、3331 Arts Chiyodaで開催していたメディア芸術祭20周年企画展「変える力」と連動した特別編です。

2016年11月2日のゲストは、作品『境界線』が、メディア芸術祭第18回アニメーション部門審査委員会推薦作品に選出されたアニメーション作家の中田彩郁さん。

中田彩郁  東京造形大学造形学部デザイン学科アニメーション専攻卒業。 『ヨナルレ Moment to Moment』がアヌシー国際アニメーション映画祭、広島国際アニメーションフェスティバルなど国内外で多数入選。他代表作は『コルネリス』(2008)、『おばあちゃんの作業部屋』(2005)など。近年は、TVシリーズ(演出・作画・美術)、イラストレーションやCM、舞台への作品提供など活動の幅を広げている。

中田彩郁  東京造形大学造形学部デザイン学科アニメーション専攻卒業。

『ヨナルレ Moment to Moment』がアヌシー国際アニメーション映画祭、広島国際アニメーションフェスティバルなど国内外で多数入選。他代表作は『コルネリス』(2008)、『おばあちゃんの作業部屋』(2005)など。近年は、TVシリーズ(演出・作画・美術)、イラストレーションやCM、舞台への作品提供など活動の幅を広げている。

平日の夜にも関わらず、会場は満員御礼。今回の参加者は、イタリアから日本に遊びに来たというプロダクトデザイナー、同じくイタリア出身のファッションデザイナー、ヨーロッパで6年間建築を学んで帰国したばかりの建築家の方、映像ディレクター、音楽家、VRデザイナー、建築を学ぶ学生、家電メーカーの方、公認会計士、 編集者、ファッションマーケター、広告業界の方などインターナショナルかつ個性豊かな方々です。昨日の空間観察学に参加して、思考が覚醒したので、今日も来ました!という方も。

今夜も、皆さんの感性がひらく楽しい夜になりそうです。

アニメーションにおける空間の動きとは?


「短編アニメーションをご覧になったことある方っていらっしゃいますか?」

中田さんの質問に対し、手を挙げる数人の参加者。どうやら皆さん、短編アニメーションにはそれほど馴染みがないご様子。

確かに、アニメーションと聞くと、漫画がベースとなったTVアニメーション、映画アニメーションがパッと思い浮かびます。日本では、このようなエンターテイメント的要素の強いアニメーションが商業的に成功しているため、それ以外の手法で制作されているアニメーションに触れる機会があまりないかもしれません。

しかし、カナダには作家性の高いアニメーションを制作する国立のスタジオ(NATIONAL FILM BOARD OF CANADA)があったりなど、海外では商業的に作られている作品と個人的に作られている作品が日本よりも並列に認識されているため、普段から人々が短編アニメーションと接する機会も多いそうです。

現在、中田さんは、TVシリーズからCMまで手掛けるリバティアニメーションスタジオに所属し、商業としてのアニメーション作品を手がけている一方で、インディペンデントでより自己の内面を掘り下げながら作品を作るという2つの異なるアプローチを実践されてらっしゃいます。その経験が自分の大きな強みになっている。と、中田さんはおっしゃいます。

ここでスクリーンに映し出されたのは、メディア芸術祭第12回アニメーション部門審査委員会推薦作品に選出された中田さんの作品『コルネリス』。

ぎょろっとした目のどこか不気味な男が、彼の分身たちとリズミカルに踊りだす。背景の描写はなく人物だけなのにも関わらず、空間や重力が見えてくるこの作品。

「自分が感じる身体性をダイレクトに表現したいと思い、この作品を作りました。」

自分の頭のなかで自由に人物や空間の動きを思い描いても、映像は16:9や四角に切り取らないといけません。四角に切り取りながらも、できるだけ広い空間や浮遊する物体、そして身体性を見せることにフォーカスし、動きというアニメーションの本質に挑んだ作品です。

アニメーションにおける空間の動き。その空間の演出において、中田さんが最も影響を受けた人物は、スイスのアニメーション作家ジョルジュ・シュヴィツゲベルです。

この『影のない男』は、中田さんが初めて見たジョルジュ・シュヴィツゲベルの作品です。

空間全体がクルクルと回転しながら、様々なものが変化し続けていくのが特徴的なこの作品。縦横無尽に動き続けるダイナミックな画面構成と流れるような音楽がマッチし、いつの間にか時が流れていっていることに気がつきます。

空間の動きをどう見せるかがアニメーション作家の個性の一つだと中田さんはいいます。

「この作家さんに影響を受けてはいます。彼の場合、音楽やリズムを先に決め、それをベースに空間や人物が動いていくので、ある意味とてもクールなんですよね。揺らぎはありますが、リズムは計算つくされています。私の場合は、もう少し感情的な動かし方をしているかもしれないですね。」

心象空間を映像に落とし込む

続いてスクリーンに映し出されたのは、メディア芸術祭第18回アニメーション部門審査委員会推薦作品に選出された中田さんの作品『境界線』。

「壁をテーマに作品を作ってほしい。」と依頼され、舞台『鑑賞者』(構成・演出:小野寺修二、 2013年)のために制作した作品です。

主人公の心理状態によって、自分を取り囲む線がどんどん変化していく。

同じ四角なのに、箱に見えたり、壁に見えたり、最後には穴になってしまって、そこには自分しか残らない。

大小に変形する四角形で自分と取り囲む世界の「境界」という概念を表現したこの作品。

最終的に自分が出ることができない「境界」は、自分ではないか。主体の立ち位置によって発生するこの「境界」から、主人公の心象空間が描き出されているのを感じ取ることができます。

「壁って人それぞれじゃないですか?それを壁と思うかどうかでも変わってきますよね。それがもしかしたら出口にもなる人もいるかもしれないし。あるいは他の何かになるのかもしれない。捉える人の心理状態によって、壁がいろんなものに変化していくということに焦点をあてました。だから、壁を大きく解釈して、『境界線』とタイトルをつけたんです。

心象空間を描く。これは中田さんがアニメーションを作る上でどの作品にも共通する一つの大きなテーマ。

一見するとデザインも雰囲気も違う、『コルネリス』も『境界線』も、そしてこのあと見る作品も、空間の見え方を観察すると、共通のつながりが見えてくるのかもしれません。

 

『線を引いてみる』という視点

 

自分が感じるものをどうやって映像に落とし込むか。中田さんが、心象空間を捉えるときに大切にしているもの、それは『線を引く』という視点だといいます。

と、ここで参加者の皆さんに白いボードとペンが配れらました。

ボードの真ん中には、中田さんが描いた人が一人ぽつんと存在しています。

「今から30秒の間に、お渡ししたボードの上に一本だけ線を引いて、空間を作ってみてください。」

司会者からの突然のお題にもかかわらず、迷いなく線を引きはじめる参加者の方々。

「人の奥に緩いカーブの線を描いた。断崖が線の向こう側にあるのを想像しました。」

「違う世界に繋がるかなとイメージして人の周りに円を描いた。」

「人の下に斜めに線を入れました。人が坂を登ってる風にしたかったけど、際に立たされている感じにも見えるかな。」

「人の下にうねうねする線を描きました。連続する山を歩いているイメージです。」

次々と色んな空間が飛び出します。

「アニメーションを作るとき、線を描くことから始まります。アニメーションにおいて、『線を引く』ことは、同時に境界線をひいているわけなんですよね。何かと何かの境界線です。今皆さんも、「線を引く」ことで、これが断崖、坂、天井など、自分たちで定義付けををしているんだということを体験していただきました。」

中田さんの言葉に、もう一度自分が描いた一本の線を見つめる参加者の方々。

そこには、たしかに空間が生まれています。

中田さんも立ち上がり、実際に壁に線を描きながら、『線を引く』視点から生まれてくる心象空間の解説を始めました。

「皆さんに線を引いてもらったように、例えば人のすぐ真下に引いたら、床に立っている。真上に線を引いたら、天井が低くてぶつかりそう。人の下に四角を書いたら、高い所に立たされている状況になったり、穴になったり。線の位置で、無個性なキャラクターの心理状態が空間に現れてきます。そして、その線は、捉える人の見方によって、様々な定義付けがされていく。こういったシーンを重ねてアニメーションを作っていくわけです。」

線を引いてみることで心象を空間的に解釈する

「実際に、ひとつアニメーションを見てみましょうか。」

スクリーンに映し出されたのは、線を特徴的に使って空間を描き出している『目線』という作品。NHKのEテレで放送されている「TECHNE 映像の教室」のために制作された作品です。TECHNEでは、映像制作の「技法」をテーマに、様々なクリエイターやアーティストが映像制作に挑戦し、その過程を紹介していくコーナーがあります。この時、中田さんが取り組んだテーマは、「マルチスクリーン(画面分割)」。

「マルチスクリーンは実写に使うほうが本来だと効果的なんです。偶然性の組み合わせが活きてくるので。アニメーションは実写と違って、全部狙って作れてしまいます。例えば、片方で人の引きの絵があって、もう片方で人の顔がアップで映ったとしても、アニメーションはそうなるように私がでっかく描いてるので、そうなって当たり前ですよね。そういう意味では、これは矛盾がある依頼なんです。もちろん依頼する側も分かって依頼しているわけですが。」

うーん、難しいお題。では、中田さんは、アニメーションで作る意味のあるマルチスクリーンをどのように表現したのでしょうか。

答えは、ねじれのある空間。境界線を共有していて、一見近くにいるのに、左右に分割された空間はねじれています。

そして最後は画面分割がなくなり、ぴったり空間はつながったのに、りんごは割れてしまう。

"今、目があえば、私は出て行かなかったのに……。" ねじれた空間を通じて、すれ違う男女の切ない心象風景が表現されています。

「現実は不確かだ。という思いが私の中にあり、『コルネリス』、『境界線』、そして『目線』の中で、共通してねじれた空間として現れているんですよね。」

「ではここで、皆さんに、今の気持ちを空間で表現することに挑戦いただきたいと思います。先ほどは線を引いてみてから、空間を通して心情を解釈したのですが、今度は逆で、自分の心情を線に落とし込んで、空間を表現しましょう。何本でも線を引いてもらっても構いません。」

先ほどと同じ人が一人ぽつんと描かれているボードを見つめ、じっと考える参加者たち。自分の気持ちを空間に。一体、どんな空間が現れるのか....!

「閉ざされてないように、閉ざされているような空間に自分がいる状態。部屋の中に突起があって、その上に登る自分。今の自分は逃げたいものがあるのかな。」

「最初、崖の淵にいる自分を描いてみた。ふと、自分の今の状態を描けと言われたことを思い出したら、もはや俺は崖の上にはいなと思って、落ちていっている自分を紙を横に回して表してみた。」

足元を見てみたらもうひとりいる。ひょっとしたら、こっちが自分?」

「時間と距離を一本の線で区切ってみた。その時々、どこかにいる人を想ってみたり、自分の過去とか未来を思ってみたり。実は自分は独り言が多くて、家でもずーっと喋っているんです。誰かや自分について考えながら独り言を呟く。そんな自分を描いたのかもしれない。」

「階段の踊り場にいる自分。この先を見つめている。また昇るのか、降りるのか。今まさに、そんなことを考えている状態です。」

「私も階段を描いたんですが、私は階段を降りきりました。降りたら、そこはだだっ広い、広場。フラットで自由で、いくらでも選択できる場所に到達しています。」

「壁の向こう側を一生懸命覗いている自分。何が見えるのかわからないけど、目を凝らして必死に見ている状態。」

「世界は広い。思い切り広い場所に行きたいと描いたら、宇宙になった。すごい人が自分の周りには、たくさんいて、自分も360度どこにでもいける。それが宇宙のようだ。」

線を引くだけで、ここまで様々な心象風景が浮かび上がるとは!参加者が自分の描いた空間を発表するたびに、「その表現は面白い」「何があった!大丈夫!?」「もっと聞きたい!」など様々な声が飛び交い、盛り上がる会場。見る人の視点からも、その人の気持ちや人生観が空間を通して解釈されていきます。

「私のほうがイマジネーションが貧困ではないかと……。」なんて言いながら、最後に中田さんもご自身が描いた空間を発表してくださいました。

「美術館の中で作品にぐるーっと囲まれているようなイメージです。今日の空間観察学を取り組むにあたって、改めて自分でも自身の作品を俯瞰して観てみました。これはそのイメージを線に落とし込んだ空間です。

あくまで私にとってですが、アニメーションは作っている間の過程が本当に過酷なので、直後に客観的に見れなかったりとか、数年経ってみるとその当時とは見え方が変わったりとかするものなんですよね。今回、空間というテーマのもと作品を俯瞰して見て自分でも色々発見があり、次につながりそうだと思いましたよ。」

『線を引いてみる』視点から、線の境界によってそれぞれ定義づけされていく。そしてその定義は、観る人の目線によって翻るものである。ということを実感した、今夜の空間観察学。

最後に、中田さんの作品『ヨナルレ Moment to Moment』を鑑賞し、短編アニメーションの魅力にどっぷり浸かる一夜となりました。

二夜に渡ったメディア芸術祭との連動編。普段、美術館やアートギャラリーで観ているだけでは分からないアーティストの視点が体感できたのではないでしょうか。その視点が、明日からの仕事や生活の中での発想のヒントになれば、幸いです。

さて、次回はどんな視点が開かれるのでしょうか?今の自分への新しい視点のインストール、一緒に体験してみましょう。

TEXT BY SAKI HIBINO

PHOTO BY TETSUHITO ISHIHARA


『空間観察学』メディア芸術祭20周年特別編 #02 presented by Sony Life Space UX Lab.
 

日時 2016年11月2日
会場 3331alpha

登壇者 中田彩郁(アニメーション作家)

主催 ソニー株式会社

企画・運営 VOLOCITEE Inc.